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2011/09/07

東京新聞

このところ、いろいろと取材が続いています。(随時お知らせしていきます)
私は基本的に取材というものに対して、どんな媒体であれ
お断りしたり選別したりはせず、出来るだけお答えするようにしています。
田舎に住んで、お店も持たずにモノ作りをしている私にとっては、
少しでもいろんな方に知って頂けるとてもありがたい機会だからです。
どの方達からも、一生懸命よい記事にしようとしてくれる気持ちが伝わって
ありがたいなぁとしみじみ思います。
東京新聞の「田舎と都会をつなぐ」のコラムに載せてもらいましたので
ここに転載しておきます。

9月2日掲載
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/info/irasshai/CK2011090202000094.html

「木工の制作は、大きな音が出るし、広いスペースが必要なので、
廃校になった学校は最適なんです」人家が密集する東京を離れ、
安価に利用できる施設を探していた木工作家の市川正和さん(39)
=東京都小金井市出身=を迎え入れたのは、過疎に悩む安塚町
(現上越市安塚区)だった。小学校の統廃合で廃校になった校舎を改修、
作業場を用意し、保健室や養護室を住居に変えた。市川さんは、
子どものころから「木」に親しみ、大学時代に本格的な修業を始めたが、
独立を志す者にとって専用の工房をもつことは「最初の一歩」。
異郷の地で「ゼロからのスタート」を切った若い夫婦を見守る周りの目は温かかった。
2人だけで始まった雪国暮らしは、子どもに恵まれ、5人の家族に。
雪深い山村の廃校跡は「暗い」「寂しい」「怖い」といったマイナスイメージが
つきまとうが、「土いじりも、雪も、楽しくて楽しくて。子どもたちも、
まったく不安を感じることなく過ごしてきました」工房は「芸術」と「民芸」の
総称として「ゲイミンカン」と名づけた。芸術性の高いアート作品だけでなく、
机やテーブルの家具類から皿やはしに至る日用品までオーダーメードでつくる。
デザインから制作まで一人でこなし、受注は半年先まで埋まっているという。
 小学校が生まれ変わった「ゲイミンカン」は、廃校再生の好例として、
県外から視察団が訪れることも。「地域の人たちがいい人ばかりだったから、
ここまでやってこられた。これからもやっていけそうです」(編集委員・水野泰志)

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